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2016年10月4日

第4回 (一社)山口県サッカー協会審判委員長 大井卓也 氏 

審判委員と審判協会の「協調」



2007年に山口県の審判委員長になって、10年が経とうとしています。前任者が現役のJリーグ審判員で、2011年山口国体を控えて負担が大きすぎることから、委員長代理として主として審判事務の仕事をしてきました。おかげで地域の枠内のことしか知ることのなかった私ごときが、全国区に進出できてよい経験をさせてもらいました。2008年の大分・全国社会人、翌09年「メジロン」大分国体、2010年「チーバ君」千葉国体の視察。2010年からはいよいよ本番で、8月全国中学校、10月全国社会人、2011年「ちょるる」山口国体、2012年全国クラブ選手権と3年間連続の全国大会引き受け。そして昨年2015年10月のねんりんピックで国体がらみのビッグイベントを終えました。


審判委員会は育成・強化のイメージがあり、大会の運営を滞りなく終える責任を強く感じます。毎月1回、県協会事務局で、平日夜19:00〜22:00過ぎまで執行部役員10名余りで審判委員会を開催します。議題は全国・地域の派遣審判員やインストラクターの決定、県内開催の審判講習会・研修会の計画・準備や大会運営の役割分担など事務的な内容ばかり。「サッカーの楽しい話がしたい」とこぼしながらも、力を合わせて運営しています。


昨年の今頃は、毎週のようにねんりんピックの大会役員打合せ会議に出席していました。山口市、下関市、山陽小野田市の3会場に分散したので、審判委員長として全てに参加するのですが、開催地の責任者の挨拶は決まって「みなさんの力で、大会が無事終わりますように」でした。ねんりんピックの監督者会議で「競技上の注意」を説明した時、ユニフォームの登録変更の続出、競技規則に則って、アンダーショーツやタイツの色の注意をするやいなや、怒号のような不満の声の嵐。この数年、全国大会基準で対応し、今回も県内の1級から3級の審判員を2日間合計100名余り、半年前から集め、名簿を作成して、特に副審の研修を中心にトレーニング重ねて準備してきたのに、「なんだこんなものか」と情けない気持ちにさせられました。本番でも、アディショナルタイムについて厳しいクレームがあったり、「得点阻止」で競技規則通りにレッドカードを出すと、「ねんりんピックだぞ」と怒鳴られたりとまどうことだらけ。また、試合中、プレーヤーが突然の心臓発作で転倒、関係者のすばやい対応とAEDのお蔭で事なきを得たものの、若い審判員やタンカ係の高校生は初めての経験に立ちすくむばかり。これまでの全国大会とは異なる「全国大会」や「サッカー」があることを強く認識させられた「ねんりんピック」でした。


2015年12月30日発行の『ホイッスル RAJ NEWS』Vol.31(3)の地域だよりのコーナーに沖縄県の知念明彦氏の記事が載っています。「ねんりんピックおいでませ!山口2015にも参加しました。…。山口の若い審判員の方々が我々サッカーの先輩のために一生懸命頑張る姿を見て、これからも、審判、指導者として、また、選手としても頑張らねばと思ったのでした。」これ以上の言葉があるでしょうか。私は報われた気がして、溢れる涙を止めることができませんでした。これこそが審判協会です!

 

日本サッカー協会機関紙の『JFAnews』は審判委員会のトップの話題が掲載され、頑張れ!と背中を押されます。私たちも審判委員会の一員として遅れずについて行こうとアップアップしながらも努力しています。一方、好きで審判員になったもののうまくいかずに悩んでいる者、やむを得ず審判をして、いやな思いばかりで、できればしたくない者など、47FAにはさまざまな思いで審判に携わっている仲間がいます。審判協会は『ホイッスル』を通じて、悩める審判員を「抱きしめる」重要な役割があるように思います。審判技術が向上してよいコントロールができればもちろん最高です。しかし出来の良しあしはともかく、審判をすること自体が楽しみで、同じ志を持つ仲間と場を共にすることが喜びでもあるはず。審判協会の輪を広げていきましょう。 

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